遙かなる河の流れに
〜 ヒ ト ト セ ヒ ト ヨ ノ オ ウ セ 〜
逢うことさえ禁じられた恋。
だけど。
その罪をもう、恐れない。
「栄ぃ〜〜vv」 「わっ!!」 後ろからいきなり抱きつかれた俺はバランスを崩した。 抱きついてきたのは、変態眼鏡、いや、一也。 この頃、一也はよく遊びにくる。 いや、遊びに来るっていう表現は変なんだけど。 仮にも夫婦、だし。 数年前、 天帝の嫡子、つまり次代の天帝であるコイツは、何をトチ狂ったのか 俺を妻に迎えたいと抜かしやがった。 花嫁候補は両の手に余るほどいて、全員が絶世の美女だったにも関わらず、だ。 その時の俺は何をやっていたかというと、一介の染師で。 師匠が王宮にも出入りを許されていた人だったから、 俺も何度か出入りしていた。 初めて王宮に来た時、俺は一也を誰だか知らないまま仲良くなっていた。 だから天帝に謁見を許されたときは、死ぬほどびっくりした。 王族に無礼を働いたって理由で殺されるかと思ったし。 それでも一也は何も言わなかったから、俺もそのままの態度で通した。 それから何年か経って、俺がようやく一人前になった頃。 コイツが爆弾宣言をした。 もちろん最初は断った。 何もかも違う世界に戸惑うのは目に見えてたし。 確かに一也のことは好きだったけど、その壁を越える勇気はなかった。 なにより一也の言葉が、信じられなかったから。 だって、引く手数多の美女の手を全て振り切って俺みたいなやつを選ぶなんて。 どうやったって考えられないだろ? それでもコイツはその美女達の、色とりどりの宝石に飾られた綺麗な手じゃなくて。 俺の、染料に染まりきった傷だらけの手を選んだ。 すごく、嬉しくて。 俺は婚礼の杯を傾けたんだ。 それから。 実を言うと、俺の生活はあまり変わってない。 結婚前と同じように、染師として働いている。 というのも、実の祖父でもある染師の師匠は高齢で、もう全ての工程を一人でできないから。 だから、俺が働いているワケで。 でも多分、そんなことがなくてもやっぱり働いていたと思うけど。 ・・・ただ。 一つ変わったことがある。 それは職場に一也が訪れるようになったこと。 皇太子としての勉強も放り出して、暇を無理やり作り出してまで来る。 俺としては、会えるのは嬉しいけど。 でも、それがよくないのはわかってる。 わかってるんだけど・・・。 やっぱり来てくれるのが嬉しくて、俺からは来るなとは言えない。 そんなある日、俺は天帝に呼び出された。 ・・・一也には内緒で。 「呼び出した理由は分かるな?」 「・・・はい。」 「このままではいけないこともわかるな?」 「・・・はい。」 「・・・お前には何の咎もないが、川向こうに移ってもらう。 仕事場はそのまま向こうに移す。 息子を・・・、一也をこの城から追い出すわけにはいかないのだ。」 「・・・御意。」 +++ いつものように、栄純の家へと急ぐ。 どうして王宮に栄純を住まわせないんだ! そしたら、この時間だって栄純と一緒にいられるのに! この上り坂を登り終えると、大きな桜の木があって。 その桜の木に寄り添うように栄純の工房がある。 早く会いたくて、俺はその坂を駆け上った。 だけど。 「・・・え?」 そこには、あるはずの栄純の工房は跡形もなかった。 建物ごと、全て消えてなくなっていた。 「どういうことだよ!!」 息も整わないまま、俺は親父に怒鳴りこんだ。 「どういうことだ、とは?」 眉一つ動かさないのが逆に、わかっていることの証拠だ。 「決まってんだろ!!栄純をどこにやった!?」 沈黙が続いた後、親父は一つ息を吐いた。 「・・・向こうだ。」 「・・・?」 「あの川の、向こうだ。」 「!?」 伸ばされた人差し指が、指し示した先にあるのは。 『渡らずの河』との異名を持つ、天の川。 |