遙かなる河の流れに
〜 ヒ ト ト セ ヒ ト ヨ ノ オ ウ セ 〜
「あの河の向こうって・・・。」 天の川は、普段の流れが穏やかなことで知られている。 だけど、人を異常なまでに拒むことでも有名だ。 船を浮かべると途端に水面が荒れて、渡れなくなってしまう、と。 唯一天帝だけが、河を渡ることを許されている、と。 そしてその河の向こうに彼がいるということは。 それはつまり、彼には二度と会えないということだ。 「何でだよっ!?」 どうして俺から彼を奪うんだ! 鮮烈な色で、俺に新しい世界を見せてくれた彼。 俺の幸福は、彼と共にあると。 そう思ったのに。 「お前が自分の務めを果たさないからだ。」 「・・・・俺が?」 「そうだ。お前は彼と祝儀を上げてから、いっさいの務めを放り出しただろう?」 「…っ」 否定できない。 だけど。 「じゃあ何で栄純を王宮に住まわせなかったんだよ!?」 下賤の民と、見下す声が王宮内にあったことを知っていた。 「どんな生まれだろうと、そんなことは関係ないだろ!」 そう言い捨てて、俺は自分の部屋へ飛び込んだ もう、誰の顔も見たくなんかなった。 会いたいのは、ただ一人。 +++ 「一也様、お食事の時間でございます。」 「・・・そこ、置いといて。」 「ですが、もう2年もお部屋から一歩もお出になられておりませんではありませんか。せめて、お食事の時間だけでも・・・。」 「じゃあ食事はいらない。下げてくれ。」 「・・・わかりました。ここに置いておきます。必ず、召し上がってくださいね。」 「・・・わかった。」 あれから、栄純が河の向こうに渡ってから2年。 一也は一度も自分の部屋から姿を現さなかった。 そんなにショックだったのかとも思ったが、本人がいないのでは確かめようがない。 「・・・このままだと、何のために栄純をわざわざ川向こうに移住させたのかわからなくなるな…。」 何とか、一也を外に出させる方法はないだろうか。 息子の放蕩振りが治まったと思ったら、次は引きこもりだ。 「まったく・・・、世話のかかる…。」 思わず口から出た言葉に、俺は苦笑を禁じえなかった。 その言葉は、先代の天帝、つまり自分の父親から、自分がよく言われた言葉だったからだ。 血の繋がりは怖い、と、苦笑したとき。 事件は起こった。 「主上!一也様が!一也様が…!」 先ほど食事を運んでいった侍従が慌てて駆け込んできた。 「一体何の用だ、騒々しい。一也がどうしたのだ?」 「そ、それが…!」 青ざめた顔をした侍従は、こう続けた。 「・・・お、お部屋にいらっしゃらないのです。」 「部屋にいない!?どういうことだ!一也は2年前から一歩も外に出ていないんだぞ!?」 一也の部屋に向かいながら、後をついてくる侍従に問いかける。 「それが…、お食事を下げに伺いましたところ、扉が少し開いておりましたので…、無礼を承知で中を覗いたのです。」 嫌な予感がして、自然と歩みが速くなる。 ドゴォォン・・・! 力に任せて開けたドアの先。 つまり、一也の部屋には。 一匹の犬がちょこん、と座っていた。 「春市…!一也はどこへ行った…!」 この、一見犬に見える生き物は、ここ、天界にしかいない星獣だ。 人語を解し、またその声を真似できるという、珍獣。 一也と栄純が祝言を上げたときに、珍しいからと祝いに与えたものだ。 それぞれ一頭ずつ与えたのだが、栄純が飼えないという理由で、一也が二頭飼っていたはずだった。 「答えろ、春市」 主人に忠実なその獣は、少しだけためらいを見せた後、口を開いた。 『一也様は亮介を連れて、川向こうへ参られました。・・・・・・天帝の、御船を使われて。』 「何っ!?」 +++ 天帝しか渡れない河。 それは天帝しか使えないこの船にだけ、川を鎮める玉が使われているからだ。 2年間、あの部屋から出ることなく、俺はただ栄純を思っていた。 今から一週間前、偶然にもそのことを耳にした俺は、バレないように計画を立てた。 そして、昨日。 この船を奪い、河へ出すことに成功した。 丸一日の渡河の後、ようやく岸辺が見えた。 隣で亮介がそわそわし始めた。 もともとコイツの主人は栄純だから、主人に会えるのが嬉しくてしょうがないらしい。 しっぽがちぎれんばかりに横に振れている。 「亮介もうちょっと待てって。しっぽがちぎれるぞ。」 『一也様だってさっきから頬が緩みっぱなしですよ?』 「『 ・ ・ ・ 。』」 そうこうしている間に、船が岸に乗り上げた。 「さあ、亮介。お前のご主人に会いに行こう。」 |
続かない。