『電車止まってるからちょっと遅れる』

何通も送って、やっと「元気」の二文字が返ってくる幼馴染みから、久々にメールが来たと思ったら。
「・・・何コレ?」
電車が止まってるから遅くなる?
帰省の予定でもあったんだろうか?それにしたってこのメールはおかしい。私達が使ってる電車はローカルな単線で、止まることなんか滅多にないはずなのに。
それこそ止まるような事態になったら、すぐに街中に広がりそうなくらい。
「間違えた、のかな?」
一緒に遊びに行くような友達ができたのはいいことだけど、いいことだって思うけど。
でもなんだか置いていかれたような気がしてちょっと淋しいのも本当。
「ちょっとは私にもちゃんと返してよね。自分で。」
幼馴染みを誤魔化せるわけないことぐらい、判ってるかと思ったのに。

私の携帯の、「栄純」というフォルダは2つ。
一つは栄純本人から来たメール。
もう一つは、栄純の携帯から送られてきた誰かからのメール。
比率は1:9。
もうちょっと栄純の打率をあげてもらわないと。

今度はちゃんと栄純からの返信が来ますようにと願いながら、私は返信のボタンを押した。






*******





「遅っせーんだよ!」
帰ってくるなり、とび蹴りが飛んできた。(ん?飛んでくるから飛び蹴りっていうのか?)
「っ痛ーな!」
つい反射的に口をついた言葉は、慌てて口を押さえても元に戻ることはなく。
「タメ口禁止!」
お前も懲りねぇな、ヒャハvv という悪魔、もとい先輩の笑い声と共に関節技をかけられた。
「大体、遅くなるってメール入れたじゃないっすか!」
「来てねぇよっ」
コブラツイストの次はなんだ、三角締め…か?やたら技の名前に詳しくなったのは絶対倉持先輩のせいだ。新しい技は全部俺で試すんだから。
「送りましたってば!」
「来てねぇって言ってるだろ?」
「送りましたっ!」
「来てねぇ!」
いつの間にか技は解けていて、倉持先輩はマウントポジション。
でもこのときの俺は、メールを送ったことを主張するのに精一杯で気付かなかった。
「送ったって!ホラ!」
送信済みメールのファルダには、確かに『電車止まってるからちょっと遅れる』とある。ホラね?と得意げな顔をする沢村の鼻を、倉持が呆れながらつまんだ。
「誰に出してんだ。よく見てみろ」
「ひぇ?・・・あ」
送信済みにある通り、確かに送ってはいるのだ。送っては。
「若菜ちゃんに送ってどうすんだよ?帰るつもりでもあんのか?ヒャハハvv」
ホントに言ってやろうかな。・・・「実家に帰らせてイタダキマス」って。
なんて馬鹿なことを考えてたら、当の携帯から着信音。しかもこの音は地元の奴らだから、多分。
「・・・若菜だ」
いつもと同じ、近況報告のあと、「電車はもう動いた?ちゃんと栄純が返してね」だって。
「倉持先輩がいっつもテキトーな返事するからっすよ」
「なんにも返さねーお前よりマシだろうが」
技から逃るためじゃなくて、携帯じゃなくて、先輩と向き合って気付いた。
俺達、今この状態って・・・。
寮の床に寝転んで、技のせいで服は乱れて。息だってちょっと荒い。
…これってもしかしなくてももしかしますか〜〜!!?
俺が気付いたのに気付いたのか、先輩はニヤリと笑って・・・って、イヤダ〜!
「増子センパァ〜〜〜イ!!」
「どうした沢村ちゃん!?」
顔は食べられないけど、濡れてても頼りになる先輩はたまたま近くにいたらしく、すぐに来てくれた。
「倉持先輩がぁ〜!」
なんとか倉持の下から這い出し、増子先輩に縋る姿はまるで親子のよう。
後ろでその2人を見ている倉持の表情の何とも苦々しいこと。




数日後、増子経由でその話の顛末を聞いた正捕手と二塁手は。
「っつーか、おんなじ寮でおんなじ部屋で、帰るの遅くなるメールとかなんすか?」
「知らないのか?御幸。あれはね、バカップルっていうんだよ。」
鉄壁を誇る片割れの先輩が漏らした言葉は、あまりにも正鵠を得ていたため、さしもの天才捕手も笑うしかなかったとな。



END .







4月頃、某S様が日記に誤送信したメールに大変ときめきまして。
アップしちまいました、貧乏性ですみません。ごめんなさい。

オチ要員としてのみゆ亮は大変便利です。


080404 080826収録