Side:F
粉雪が舞う。
淡く、儚く、触れたら溶けてしまいそうな。
手を伸ばして、指先で雪を受け止める。
手袋越しではすぐには体温は伝わらず、そっと覗き込むと雪の結晶が見てとれる。
溶けていく雪を見ながら深く息を吐き出した。
自分が息を殺していたことに気がついた。
雪を綺麗だと思ったことはなかった。
故郷ではいつも秋を終わらせる、長い冬の始まりの象徴だったから。
いつも、ひとりで見ていた。
暖かな部屋の中で二重のガラス越しに見る雪は、それでもどこか身体を冷えさせた。
記憶として知っている冷たさのせいだと思っていた。
今まで、ずっと。
「雪だ…!」
後ろから聞こえた、喜びと興奮の入り混じった声。
自分にとっては珍しくない、冷たい冷たい冬の象徴を喜ぶその人は。
「初雪だね」
僕の肩に積もった雪を手で払いながら笑った。
「暁君には珍しくないよね」
寒さに赤く染まった頬。
口から言葉と共にこぼれる白い息。
「初めてだよ」
「え?」
雪深く、白に覆われた故郷で温かさに包まれながら見た雪が冷たかったのは。
記憶が身体を凍えせたわけではなくて。
あの雪が、僕が一人だという証だったからだ。
だから今は雪の降る空の下にいても。
「ここで見る雪は、初めてだよ」
こんなに温かい雪空は、初めてだよ。
Side:S
粉雪が舞う。
淡く、儚く、触れたら溶けてしまいそうな。
手を伸ばして、指先で雪を受け止める。
口元へ手を伸ばして、吐く息で雪が溶けないように舌をの伸ばしてそっと舐めた。
舌の上に乗った雪はすぐに溶けて、すこしだけ口内を潤す。
味は、なにもしなかった。
雪をつまらないと思ったことはなかった。
故郷ではいつも雪が降れば、それは新たに増えた遊び道具だったから。
いつも、みんなと一緒だった。
冷たい雪の中で、頬を真っ赤にしながら雪合戦をしたり、寒空の下で汗をかくまで遊んで。
記憶の中の雪景色はいつも楽しいものだった。
今まで、ずっと。
「げ、雪かよ」
後ろから聞こえた、失望と溜め息が混ざった声。
自分にとっては楽しい思い出をつれてくる、雪の存在を嘆く人は。
「もう雪の季節か」
俺の頭に積もった雪を叩くように払った。
「このまま積もれば練習時間短くなんぞ」
それはとても悲しくて。
初めて雪を疎んじた。
「止まないかな・・・」
「あ?」
雪深く、白に覆われた故郷では楽しい思い出しか作らなかった雪が。
ここでは一番やりたいことを取り上げるという。
故郷での楽しい思い出は決して失ったりしないから。
だから、今舞い落ちてくる白い雪だけは。
「止まないかな・・・」
初めて、雪が止むことを空に願った。