「半人前」
「火の車・水の泡」
極め付きは「大炎上」

人のTシャツに好き勝手書いて。ふざけるのもいい加減にしろっつーの!
いくら怒ったところで本人がいないのでは意味がない。もっとも、この2人の関係、というよりも倉持の性格か―――からしてみれば、直接目の前で口にしたとしても意味を持たないかもしれない。
倉持の、こと彼に仕掛けられた悪戯のこととなると途端に機嫌の悪くなる沢村の機嫌を更に捻じ曲げているのは、今目の前にある小さな紙片だった。
ただの書き殴られたメモではない。おそらく一字一字丁寧に書かれたはずのメモだ。書き手の思いが託された、大切な。
それを沢村は渡されたのだ、「倉持先輩に渡してほしい」と。
同じクラスの女子だった。マネさんと一緒にいるのを良く見かけていた。多分誰かに聞いたんだろう。自分と倉持先輩が寮で同じ部屋なんだと。自分は倉持先輩ではないのに、このメモを俺に渡すとき、彼女は少し震えていた。少し顔も赤かった。多分、緊張と先輩を思う気持ちから。
当の本人はまだ帰ってきていない。
自主練じゃない、パシリでもない。後輩の自分に気を遣って、自ら行くような優しさは持ってない。そういう男だ。
だけど呼び出されてる。
監督じゃない、先輩も違う。そんなヘマをする間抜けなことはしない。そういう男だ。
だから呼び出されてる。
ここ最近、毎日のように練習を見に来ていた同じ学年の女の人に。

断るだろうか。
そんな理由はない。
でも忙しいし。
それでもいいから告白したんだろうな。
好みじゃないとか。
どんな人が好きかなんて知らない。

目の前のメモが、窓から吹いてきた風に少し揺れた。

このメモを受け取ってほしい。
答えを出す前に。
だってずるい。
少し早く声をかけただけで。
彼女はどうなる?
あんなに緊張してた。
ちゃんと全部見てほしい。
ここにだっているんだ。

「俺だって・・・」         好きなんだ。

言えないけど。
意地悪だけど。
でも本当は優しい。
刃向かってばっかだけど。
怒らせてばっかりで。
言えるはずないけど。
今会ってる人みたいには。
伝えられるはずもないけど。
このメモのように。

だから。だから。
だけど、だけど。

ふとベッドに目を向ければ、そこには洗濯物の山。
なんの気なしに見ていて思いついた、1つの賭け。
ガサゴソと机を漁り、取り出した水性ペンは悪戯をやり返した時には使わなかったものだ。
そっと拝借したのは洗濯したばかりのTシャツ1枚。
自分のじゃない、増子先輩のでもない。
床に広げ、裾を折り返す。
縫いしろの、そこだけ生地が重ねられている2cmの幅を前にして、躊躇ったのは一瞬。
ただ2文字を書き終えると、Tシャツも水性ペンもバレないように、丁寧に戻した。

先輩はまだ帰ってこない。
うまくいったんだろうか。
頷いたんだろうか。
もし上手くいってたら、このメモを渡さずに捨てよう。
あの子には彼女がいるからと伝えればいいだろう。
最初から止めておけばよかったんだ。
そしたら傷つかずにすんだのに。
それにきっと知らないはずだ、後輩に毎日プロレス技かけるひとだって。
クラスも違うし、学年だって違う。
きっと、すれ違ってばっかりになるはずだから。
部活も一緒、寮も一緒。
だけど、だから性別も一緒。

さっき書いたTシャツの文字。
ただの悪戯だ。
気付くだろうか。
気付いてほしい。
洗濯すれば消えてしまう、一日だけの賭け。
気づかないといい。
それでいいんだ。
気づいてしまったら?
嘘にできなくなってしまう。

外が騒がしくなってきた、帰ってくる。
左手でメモをそっと掴んだ、壊さないように。

ドアが開いた。
その手に掴んだ彼女の、自分の、心の欠片を渡すために。




沢村は振り返った。



END .







・・・あれ?
マガドラを読んで、Tシャツネタに悶えに悶えたはずなのに…。
なんでこんな薄暗く・・・。
まぁいいや。←
「小さな心のための小さな賭け」ってな意味でした。多分。


071220