兄を追うように青道に入学して2年と半年。高校野球も最後となる大会も終わり、今自分たち3年生共通の大きな問題は進路のことだった。
主将を務めていた金丸君は例外的に早々に進学することを決めている。自分が足りないと思うものをどこまで自分自身で埋められるか、大学で鍛えたいと言っていたのを聞いた。
二遊間を共に守った身としては、その頼もしい言葉に少し感動した。
暁君は、監督達や、ご両親、そしてプロに行った御幸先輩、進学したクリス先輩と話しをして、最後に俺と栄純君に相談してきた。
多分、彼は最後の一押しが欲しかったんだと思う。自分の進路を決める為ではなくて、どの選択肢を選んでも俺達は仲間だということを肯定するための。
最後には、皆少し泣いていたかもしれない。かもしれない、というのは視界がぼやけて見えなくなっていたから。でも少し声が震えていた暁君と、鼻をすすり上げる動作が多かった栄純君のことだから、多分間違ってないと思う。
次の日、少し赤い目元のままで、栄純君はクリス先輩のもとへ出かけていった。二日連続で進路相談を受ける先輩も大変だなと思ったけれど、でも絶大な信頼を寄せられているからこそで、そう思えばそれはとても素晴らしいことなのかもしれない。
その日の夜、栄純君は少し強張った顔で帰ってきた。俺も暁君も他の誰もが皆、そのうっすらと翳りさえ見えるその表情を、将来への不安から来るものだと思っていた。・・・そう、思いたかったんだと思う。
呆れるほどに前向きで怖いもの知らずの栄純君でも、未来のことを決めるのはとても怖いことなんだと。だから自分がこんなに不安で怖くて仕方なくても当たり前なんだと。
俺達は彼の異変に気付いていながら、自分の身可愛さに彼を見殺しにしたも同然だった。
その過ちの大きさに、そのときの俺達は気付けないでいた。
俺は、と言えばいくつかの大学とプロから声をかけてもらっていた。
中でも熱心だったのは、兄貴がいる大学と倉持先輩のいる大学だった。兄貴がいる大学からは、もう一度お兄さんと同じチームでプレーしてみないかと誘われ。倉持先輩のいる大学からはあの鉄壁の二遊間と君のバッティングが欲しいと誘われていた。
鉄壁の二遊間とバッティングをと言うのは、去年兄貴のいる大学が倉持先輩を誘った時にやたらと使っているのを知っているし、「亮介さんよりお前と二遊間が組みたい」と言ってくれないかと大学側から倉持先輩が言われてるらしいと、今はセカンドにコンバートして倉持先輩と二遊間を守っている楠木先輩がこっそり教えてくれた。うっかり副部長に聞かれてしまったときは「素敵な三角関係ね」とからかわれてしまったくらい、それはふざけた茶番だと思った。
俺の意志は、チームメイトや兄から何か言われれば簡単に変わると思われているのも癪だったし、先輩達を巻き込んでいるのも申し訳なかった。兄貴にいたっては電話も出てくれなくなり、10回目に宮内先輩が出て、今はそっとしておいてやってほしいと謝られた。それが兄貴なりの気遣いと優しさゆえの行動だとわかったけれど、だからこそ余計に胸に巣食うものが大きくなった。
苛立つ俺を救ってくれたのは、やっぱりと言うか栄純君と暁君だった。
「なりふり構ってられないくらい春っちに来てほしいんだろ」
「先輩達はむしろ楽しんでたりして」
「あ〜倉持先輩ならありえる」
いろんな人に助けられて、ようやく俺は1つの決断を下した。
その日は1年前と同じように多くの報道陣がこの青道にやってきた。
去年は、当時高校bP遊撃手と称されていた倉持先輩が早々に進学の意思を表していたということもあり、御幸先輩1人だけがフラッシュを浴びていた。
多くのフラッシュが焚かれる中、御幸先輩は堂々とプロへの意思を宣言し、そして後日見事にドラフト1位指名を受けてプロ入りした。
今年の目玉は、1年の頃からその豪腕振りを発揮し、その存在を全国に知らしめた、高校bP右腕の暁君だろう。そしてその対を成した栄純君も注目度は高い。
俺も同席していたけれど、大方進学で決まりだろうと予想されていたので、世間とマスコミの注目からはカヤの外にいた。野球以外では面倒くさがり屋の暁君が、羨んできたのは栄純君と予想したどおりで、2人で思い切り笑ったのは確かつい最近のことだ。
発表の順番をジャンケンで決めたと言ったら、監督は呆れた顔をしたけれど結局は何も言わなかった。2年半もの間栄純君と暁君がやらかした数々を思えば今更と思ったのかもしれないし、自分達の未来を決める時は好きにさせようと思ったのかもしれない。・・・なんとなく、後者の気がしているけど。
「プロを希望します」
栄純君の第一声だった。
暁君はプロ、俺は進学と予想されている中で、実はどうにも読めないと予想されていたのが栄純君だった。
「俺がプロのマウンドに立っているところを、一日でも早く見せたい人がいるから」
きっとご両親、あるいは他界した彼の祖母、もしくは監督のことか、彼の青道入りのエピソードとして既に全国の知るところとなっている(勿論一部脚色済みの)御幸先輩のことだろうと勝手に決め付けているような質問が報道陣から矢継ぎ早に浴びせられるなか、俺達青道の人間は全員同じ人を思い浮かべていた。
彼の野球人生の中で、おそらくはこれからもずっとただひとり、師と仰がれるべき人を。
「以上です」
次は暁君の番だった。
「僕は進学します」
それだけを言うと、一斉にざわついた報道陣を尻目に彼はさっさと立ち上がり、俺に席を譲った。
「僕はプロ志望届けを提出しました」
再びざわめく報道陣から来た質問は「お兄さんは進学を選びましたが?」というものだった。
クエスチョンマークで誤魔化さないでその先を言ってみてよ、と思ったのは俺だけじゃないらしく、栄純君は今にもビンタが出てきそうな左手を必死に右手で押さえていたし、暁君はだから?とでも言いたげな冷めた目つきだった。彼の手元に硬球がなかったのは幸いだったかもしれない。・・・もちろん、誰にとってかは言うまでもないだろうけれど。
もう少し言いたいことがあるんだから2人とも大人しくしててよ?
その想いは通じたようだった。
「いつも、自分の前には兄がいて、そして兄が進むべき道を切り拓き、示してくれていました。時にそれゆえに行く手に兄が立ちふさがっていた部分もありますが、やはりそれに甘えていたのも事実です。だから今度は、自分が道を拓いていきたいと、そう思いました。自分の手で道を拓き、そしてのし上がるためには越えなければならない存在になると、そう決めたんです」
ほんの少し、フラッシュの焚かれる音だけが惰性的に響くだけの、空間になった。
「春っち〜〜!!!」
そう叫んで抱きついてきた栄純君に驚いていると、いつの間にか暁君が近づいてきていて、俺の頭を撫でていた。
会見中一番のフラッシュが焚かれたのはその場面だったと俺たちが知るわけもなく。
次の日、とあるスポーツ新聞の一面を飾ることとなった。
『降谷進学!!沢村小湊プロへ!!』と赤い大きな字で見出しが躍る中、その横に小さく付け足されたのは『青道の美しき友情』という文字。
その日、大学・プロ・社会人を問わず、青道高校野球部OBからの「なんだあのこっ恥ずかしい写真は!!」という内容のメールが栄純君の携帯に何十通と届いたらしい。
「生意気なこと言っちゃってさ」
ただひとり、一面を飾った男子高校生の抱擁には目もくれず、小湊亮介は新聞をめくった。
ちょうど裏側にあたる2面に、会見での各人のコメントが載っている。そこには当然、昨日の春市のコメントも載っているはずだった。
「宮ちゃん、コレもらっていい?」
今彼の手元にあるスポーツ新聞は彼自身が買ってきたものではなく、今声をかけたチームメイトが買ってきたものだった。
「やる、と言っただろう?」
「一応言っとかないとね」
そう答えた彼の手にははさみが握られている。チラ、と視線が合った時、宮内は少しばかり口元を緩め、亮介は幾分口を尖らせた。
「内緒にしておいた方がいいみたいだな」
「約束ね」
「今更だろう」
軽口の応酬の間も止まることのなかった亮介の手は一つの記事を切り抜いていた。
その記事を、彼が財布に入れて持ち歩くことになるのも、上へ向かうための譲れない理由の1つとなるのも、そして数年を経て弟と同じ世界に足を踏み入れた時、きっと同じように言うに違いないということも。
今の宮内には、当たり前のように予想できていた。
END .
いろいろと捏造が過ぎましてすみません…。
特に金丸と楠木先輩については捏造過多ですね・・・。申し訳ない。
私の中で金丸はどっちかっていうとサードのイメージなんですが<何故
そして何故必ずコンバートを入れるのか・・・。己に問いかけても響きが格好イイからとしか<待て!
そのうえルーキーズをメインに書いていたはずが、なぜ宮亮オチなのか…。反省。
しかしナチュラルに宮ちゃんとお兄様を一緒に扱いにしたことについては謝りません。
だって夢見たいんだもの…!いいじゃないか…!
071210