「沢村、ほどほどにしておけよ」
「クリス先輩っ!!お疲れさんですっ!!」
またコレだ。
お前、今自分が何してるかわかってんの?お前の方から受けてくれって言ったんだぜ?
胸の中で溜め息と共に吐いた言葉は当然ながら沢村の耳には聞こえていない。
クリス先輩の背中が見えなくなるまできっちり見送ったところで、(最早この行動については野球部の誰一人として言及しない。やびへびという言葉の意味を全員が良く理解してる証拠だ)沢村はようやくこちらへ向き直った。
「今日はコレであがりだ」
「え?もう?」
無理矢理中断させた側がよく言う。
「50球の約束だったろうが。俺だって疲れてんの」
どっちかつーと、体力面よりも精神的にな。
まだモゴモゴと口の中で文句を言いながらも沢村は納得したらしく、ようやくグラブを右手から外した。
一呼吸待って、野球から意識を切り離す。

「さて、と。ここらではっきりさせとこーぜ?お前はどっちを選ぶ?」
「へ?」
何がなんだかわからないという顔をしている。何の脈絡もなく、しかも主語を省いた問いかたをしたのだから、当然と言えば当然かもしれない。
「たとえば、だ。俺とクリス先輩がそれぞれ違う指示を出したら、お前はどっちに従う?」
いきなりの問いに下を向いた沢村に、追いうちを書けるように逃げ道を塞いでいく。
「そんなことありえないって答えはナシだぜ?実際に意見が違ったことなんかザラにある」
それは究極の二者択一。
の、つもりだった。提示した自分としては。
どれだけ悩み苦しもうと答えを出さなければならない問い、をしたはずだ。
本人が意図してるとも思えないが、巧妙に隠されてきた本音が聞けるはずだった。否、答えさせたはずだった。
なのに。
「俺は・・・」
「ん?」
顔を上げてこちらを見てくる表情を、自分でも分かるほど残酷な気持ちで見やる。当然、こちらの本性は明かさない。沢村の目には、俺は優しく笑って次を促しているように見えるはずだ。
うさんくさいとは思われていそうだが、沢村の思考回路では辿り着けるのはそこまでだろう。
「アンタに受けてもらいたくてココに来た」
あの11球。
「それは確かなんだ」
それがお前の、そしておそらく俺の運命も変えた。
お前は青道を、自分を高めてくれる存在を知る契機となったし、俺にいたっては自分のセクシャルアイデンティティまでも揺らぎそうになってる。

「だけどクリス先輩がいなきゃ俺はここにいない」
こんなにも早く、こんなにも長く、ピッチャーとしてここに立っていられるのは、あの人のお陰だから。
「だから、どっちかだけなんて俺の中ではありえないんだ」
選ぶも何も、最初から2人じゃないと成り立たない。
何一つとて、欠けてしまったらここにはいない。
それは誰にだってわかっている事実で、誰もが納得する真実のはずだ。
「あ、どっちに従うって話だったっけ?答えになってないよな…?」

わざと焦点をぼかした問いをしたはずなのに、どうしてぼやけてはっきりと見えないはずの本音への問いに相応しい答えを返してくるのか。
曖昧な問いの中に隠した本音に突きつけられた、恐ろしいほど即した答え。
それが全てだった。
「変なこと訊いて悪かったな。片付けはやっとくから先にあがってアイシングしとけ」
「え?でも…」
一応自分が後輩だと言う自覚があるのか、片づけを俺にやらせることに戸惑っているようだ。
「先輩命令だ。っつーか、さっさとあがってストレッチしねぇとクリス先輩に言いつけるぞ」
こういう時の『クリス先輩』は絶対だ。パブロフの犬よろしく反応する。
「はいっ!お先に失礼しやす!」

1つ、深い溜め息をついて目を閉じる。浮かんでくるのは、さっきの沢村の表情。
追い詰められた被食者の姿。涙さえ浮かべた、哀れな表情。
けれど本当に哀れなのは自分のほうだ。
自分がどれだけ望んでも自分だけを望んでくれることはない、目の前の男。
怖がりながら、怯えながら。それでもナイフを突きつけられているのは自分だ。
その背中に、呟く。

「・・・俺を選ぶとは、最後まで言わなかったな」

願望は、問いかけの形でしか口にできない。
その正直さが、時に何よりも鋭い刃となることなど気付いてもいないんだろう。
「あ〜あ、俺とんでもない性悪に惚れちゃったかも」
今はまだ、その涙に免じて許しておいてやる。
追い詰めるのは、あの人を見送ってからでも遅くはない。
まだ、時間はある。そう、お前が、俺が憧れているあの人よりは、確実に―――。



END .







三角シリーズ(笑)のなかで唯一、シリアス風味(あくまで風味)なお話。
いらん補足だとは思いますが、セクシャルアイデンティティってのは性自認のことです。
自分が思っている、自分の性的嗜好のことですね。つまり御幸は今までストレートだと思ってたのに沢村に会って、「あれ?俺もしかして…男もイケる?」なんて悩んじゃってるわけです(笑)
沢村の気持ちをそっちのけで。プフーvv
しかしこの御幸は沢村を狙ってる、のか…?
キャッチャーとしてピッチャーが欲しいのか、個人としてほしいのか。
さぁ、どっちだろ?(笑)


080114