ようやく念願の一軍入りを果たした沢村。
彼が熱狂的と言ってもいい程にクリス信奉者であるのは自他共に認めるというか、部内共通認識と言っていい。
それが面白くないのは御幸だ。
何しろ、バッテリーを組むことになった自分の扱いは先輩らしからぬぞんざいさなのに、クリスが言ったこととなると疑いもせずに信じる有様。

同じキャッチャーでありながら、どうしてこうも違うのか。
今日も今日とていちいち会話にクリスの名を出す沢村。
さすがの御幸にも笑って流せる余裕がなくなってきた。

「お前さぁー、ほんとクリス先輩のこと信頼してんのな」
「当たり前だろ」
「何でもかんでもクリス先輩、か」
「は?」
「クリス先輩の言いなりか」

沈黙が耳に痛くなってきた頃。
彼らしからぬ沈黙を破って、沢村が呟いた。
「アンタも聞いただろ?“俺みたいになってもいいのか?”って言ったの」
「あぁ」
「だって怪我したの1年前だろ?」
「あぁ、1年ちょい前だな」
「もう1年だろ?もういいじゃんか…!もういいだろぉ…」
あの人は怪我のことを口にするたびに、いつも少しだけ笑う。
哀しそうに、苦しそうに。
「もう二度と言って欲しくないんだ!!なのに怪我したことをいつまでも俺が引きずらせてる!俺が無茶ばっかするから!もう忘れていいはずなのに!!」
そんなこと、望んでない。
俺も、誰も。
時折、過去に囚われるあの人を救えないのなら、俺はせめてそれ以上傷つけないようにするだけ。

何を言われたって、俺は傷つかない。
だから決めたのだ。
あんな顔をするくらいなら、もっといろんなことを教えて欲しい。
もっと褒めてほしい、叱ってほしい。
もっと幸せそうに笑ってほしい。

「だって大好きな野球やってるんだからさ、楽しいって思えないの変じゃん」

綻ぶように、零れるように、咲き誇るように。
君は笑った。
傀儡の糸を、身体中に張り巡らせて。







END



39話「雨の日に」を読んで思いついた話。(書き上げたのは5月=話が本編とずれてる)
あの話で「お前、俺のようになりたいのか」と言ったクリス先輩に、寂しさを覚えて書いたもの。
いつまでも引きずるのは悲しいよ、と言いたかった。教訓にしないとかじゃなしに。
これはCPなしのつもりだとか言ったら信じてもらえるんだろうか・・・(笑)