Mologue
「エースになる」
最後にアイツがそう口にしたのはいつだったか。
あぁ、そうだ。1軍入りのメンバーが発表された日の夜だ。
その時、アイツが2軍最後の練習試合で初めてバッテリーを組んだ捕手は、1軍入りを辞退した。
どんな理由だったか、どんな想いだったのかは本人にしかわからないけれど、アイツが慕い、追いかけていた背中は最後の最後でアイツを裏切る形になった。
それ以来、アイツは「エースになる」とは言わなくなった。
伝えるべき相手を失ったから。
「おい、もうやめとけ」
なかなか部屋に戻って来ないアイツを探しに出てみれば、案の定まだシャドーを続けていた。
「そんな中途半端なフォームでやったって逆効果だっての。さっさとあがって肘冷やせ」
「・・・んです」
俯いた表情を窺い知ることはできない。
「エースに、なりたいんです・・・」
わかってるよと口に出す代わりに肩を抱き寄せる。
肩口にかかる息は熱く、きっと泣いているんだろうと思った。
「やっと、ほめてくれたから・・・」
うわ言のように繰り返す、届かない言葉。
「一緒に・・・」
空気さえ揺るがない、それは小さな小さな
「ずっと、待ってますから・・・」
哀しい、独白
魂に火をつけろ!
「辞退、させて下さい」
その声に、動揺が起こる前に。
「じゃあ俺も2軍にいます。」
「沢村!?」 「栄純君!?」 「沢村ちゃん!?」
「だって俺はクリス先輩とバッテリーを組んでるんですよ?ピッチャー1人だけ1軍に上がったって仕方ないじゃないですか」
「エースの座を自分から諦めるのか」
「背番号『1』をつけたって、俺1人じゃ意味ないし。俺は『2』番をつけた先輩とバッテリーを組むエースになりたい。」
御幸と宮内の顔が僅かに強張る。
「アイツ、宮さんと御幸に喧嘩売ったってわかってるんすかね?」
「沢村ちゃんのことだから分かってないだろうな・・・」
同室の先輩の呟きは、幸か不幸か沢村の耳には届かなかった。
騒めくその場を沈めたのは、監督の一言だった。
「青道が全国制覇をするために必要だと自分が判断した。個人の勝手な都合での辞退は許さん。分かったか、沢村」
「でも・・・っ」
「わかったか、と聞いているんだ」
「・・・はい」
「お前もだ、クリス」
「!?」
「肩と相談にしながらになるのはわかっている。わかったいる上でお前を選んだんだ。辞退は許さん」
「・・・分かりました」
「先輩!」
解散後、案の定沢村が駆け寄ってきた。
「へへ、これからもよろしくお願いします。」
顔を綻ばせた沢村とは対照的に、クリスは一段と表情を引き締めた。
「今まで以上に厳しくいくぞ。」
「っはい!!」
何しろコイツが俺の分まで宣戦布告してくれやがったからな・・・。
けれど。
「取り消す気はないぞ、御幸、宮内・・・」
心の熾き火が、チロリと燃え上がった。