真っ直ぐに見上げてくる瞳。
柔らかく見下ろしてくれる瞳。

今ここにある想いを告げても、その目は変わらないでくれますか?





「あ、お帰りなさい!」
今もクリスはリハビリに通っている。
シャドーピッチングを終えた沢村と出会ったのはその帰りだった。
「夕飯、まだですよね?一緒に行きませんか?」
と、言いつつ足はもう食堂に向かっているところを見ると、断られるなどとは思ってもいないんだろう。
「まぁ、断る理由もないが・・・」
小さく笑うと、クリスは欠食児童と化した後輩を追った。

かなり一方的な会話、といってもそれは彼らの生来の口数によるもので、決してクリスが嫌がっているわけではない、を終えて2人はそのままの流れで食後のストレッチ、そして風呂場へ向かった。
夜も遅いこの時間に入るのは初めてではないけれど、あれから一度も監督に会ったことはない。
でも、と沢村は思う。
この3人で風呂に入ってもな〜、と。
グラサンとクリス先輩で野球の話をされたら自分は入っていけないし、グラサンの前でクリス先輩と会話するのも変な気分だし、逆だってそうだ。
チラチラとクリスを盗み見ていることに気づいていない沢村は、クリスがその視線に気付いていることにも、勿論気づいていない。
広い湯船に近すぎるほどの距離で並ぶ2人。
この距離を好んで隣り合うのは沢村のほうだ。
温かなお湯と心地よい沈黙に身を任せた先に、疲れ果てた身体に訪れるのは、眠気だった。

トン、と左肩に感じた重みは沢村の頭。
目をやれば気持ちよさそうに寝息を立てている。
「・・・沢村」
どうやら本格的に寝入っているらしく、声をかけても反応はない。
しばしの間ためらったクリスは、沢村の背中に手を回し、トン、と押した。
当然沢村は前のめりになり、そしてその先にあるのは自分の身体を温めているお湯だ。
「・・・っぶは!!!・・・っげほっ!ごほっ!何するんですか〜!?」
「お前が勝手に倒れたんだが?」
咳き込みながら非難した先で、先輩はいたずらっぽく笑っている。
その表情は不可抗力的に、俺の顔を赤くした。
表情1つで降参させるなんてズルイ。
「そろそろ出るか。これ以上風呂場で寝るとホントに死ぬぞ」
慌てて後を追った二歩先の身体は、鍛えあがられひきしまっていて格好イイ。
・・・2年後には俺のこんな風になれるのかな・・・。
Tシャツを着る動作だけでこんなに格好いいのは、もう卑怯だ。
「・・・さっきから人の身体をチラチラ見ているが、何かあるのか?」
「へ!?あ・・・っ、別に・・・っ///」

今度こそ俺は真っ赤になった。
ギュッとTシャツの裾を掴むだけで何も言い出せない。
「沢村・・・。」
名前を呼ばれてあげた顔が、泣きそうなくらい歪んでるのは自分でもわかる。
潤んだ視界で、先輩の顔が近づいたのを捉えた。
唇に、目元に感じた柔らかな感触が先輩の唇だったことに気付いたのは、先輩がそうしてからきっかり4秒たってから。
何の反応も返さない俺から離れようとした先輩の背中に抱きついて、「もう1回」とねだったのは、7秒後のこと。
そして気になって仕方ないのは、ついつい目で追ってしまうのは、「クリス先輩だから」だと気付いたのは、それから10秒後。


「・・・っん、・・・」
口内で蠢く舌。
もうずっと前から、そこにあった気がする。
蹂躙するような動きにさえ優しさを感じるのは、どうしてだろうと思う。
縋るように伸ばした左手が、同じく触れようとした先輩の右手と触れた。
静電気でも起きたかのように、一瞬離れて。
そしてすぐに指を絡めて握り締めあった。
「さ・・・・・・栄純」
そこからの先の記憶は、優しさと熱さだけ。




絶頂を越えて、ゆらゆらと揺れる意識を救い上げてくれた時の笑みを。
一生、覚えていようと思った。







END.



暗転させないが目標でしたが無理でした。
暗転推奨同盟002きりさわです。