それは遠くへ旅立つ日の前夜。
食卓には、たくさんのコロッケが並んだ。
明日を境にひとりこの家を離れ、新天地へ向かう1人の少年のために。
「栄純、ちょっといい・・・?」
「なに?」
この年頃の子供に多い反抗期もなく、母親をこうして部屋へ招き入れてくれる優しい子。
「支度はできたの?」
「うん、もうちょっと」
「そう。忘れ物しないようにね」
素直に頷いた栄純と、少しだけ昔話をした。
耳を傾けてくれた栄純の顔には、はにかんだような笑み。
私の大切な、愛しい表情。
「大切な人に出会ったなら、もしその人が苦しんでいたら、両手を広げなさい」
「・・・両手を?」
「そう、両手を」
「なんで?」
「その人を傷つけるものから、その人を庇うために」
その勇気を持つ、強い子で在って。
「・・・わかった」
「もし心の傷で苦しんでいるのなら、こうやって抱きしめてあげて」
その心を忘れない、優しい子で在って。
「うん・・・」
いつの間にか自分よりも大きくなってこんなにもたくましくなった、いつまでも愛しい我が子。
いとおしんで慈しんで育ててきたけれど。
この先の未来に私は共にいけないから、ただ願い祈るだけ。
どうかこの子が幸せでありますようにと。
この子に笑顔をくれる人が現れますようにと。
そしてこの子が、誰かの笑顔になれますようにと。
もしあなたが傷ついて、傷ついてどうしようもなくなってここに帰ってきても。
私がこの手を広げて全てから守ってあげる。
私がこの手で包んで癒してあげる。
旅立ちの前に言うにはあまりにも悲観的だから言わないけれど。
私はあなたのために全てを投げ打つ覚悟をしているから。
だから、栄純。
真っ直ぐ、顔を上げて前へ進みなさい。
あなたは私の希望。
END.
母の愛は何よりも深し、何よりも強し。バカ親は嫌いだけど、親バカっていいと思う。
自分を生み出してくれた人達くらいは、盲目的に愛してくれてもいい。
親離れ・子離れとは違った次元で、だけど。