本当に欲しいものはいつだって1つとは限らない。
「焦らずゆっくり土台を作れ。」
その言葉が間違ってるとは思わない。
他でもないあの人の言葉だ、間違ってるはずがない。
けれどだからこそゆっくりしてる暇はないのだ。
あの人はこの夏が最後なんだから。
「頑張れよ」なんて、優しそうな、でも本当は突き放しただけの言葉は、気を抜けばいつだって自分の耳に繰り返し囁かれ、心をはやらせる。
もっと上へ、もっと上へと。
「俺はアンタに受けてほしいんだ!!」
その言葉を、込められた感情を疑ったことはない。
バカが付くほど正直で、顔にもストレートに現れる奴だから。
何よりあの目が、真っ直ぐにあの男を見ていた。
1年後輩の、自分を尊敬していると公言して憚らない、同じポジションのあの男、御幸一也を。
今はまだ無理でも、そう遠くない時にはバッテリーを組んでいるはずだ。
望みが叶った時、アイツはきっと本当に嬉しそうに笑うんだろう。
その光景が容易に想像できることに、苦笑が漏れた。
放課後の部活。セットポジションからの練習を終えた時、珍しいことに何も言ってこなかった。
焦るな、と伝えた言葉が通じたのかと最初は思った。
が、それは違っていた。
口では何も言ってこない代わりに、その目が雄弁に語っていた。
言葉にしていた時よりも、もっと強い感情で。
「上へ行きたい」と。
自分が尊敬している先輩と、お気に入りの後輩。
傍から見ればチグハグな感じのするバッテリーが、実は誰よりも息があっていると知っている。
多分、俺が1番。
最初は他の奴らが2人の関係を危ぶんでいて、今になってバッテリーとして機能していることに驚いているのを見て、何故か優越感に浸っていたのだ。
けれど最近それだけでは済まなくなってきていた。
尊敬してやまないクリス先輩とプレーしている沢村を羨み、クリス先輩が磨き上げているまだまだ荒削りの原石を欲しがってしまっている。
何よりも2人の関係を壊すことを最も恐れなければならないのに、どちらかを得れば両方を失ってしまうのに、相反した気持ちが存在する。
自分と先輩が捕手である限り、沢村が投手である限り、それは絶対に変わらないのだ。
沈んでいく太陽がグラウンドを、そこに佇む2人をも染めている。
御幸はツキリ、と音を立てた胸の痛みを呑み込んだ。
END.
本誌で話が進む前に書き上げたかったけど、時間切れ〜〜!!
070111