彼の中に深く深く刻まれた、かの色。
誰もまとうことを許されない。
それは彼のみに許された、あの人の色。



激情に任せて人を殴った、次の日。

一日の全てが終わろうとしている、夕食の時間。
「おい、沢村の奴どうかしたのか?」
常とは違う雰囲気に気づいたのは、沢村と同じ部屋の倉持。
察しのいい男が、今は癪に障って仕方がなかった。
「知らねぇよ?」
「知らねぇって、お前がなんかしたんだろ?」
「何もしてねぇよ。」
「お前しかいねぇだろうが。」
無視を決め込んで、追及を振り切って、部屋にこもり、一人になる。

「・・・何もできねぇんだよ、俺じゃ。」

どんな言葉をかけても、どんな優しさを与えても、俺を見ようともしない相手に。
それがいいことであれ、悪いことであれ、一体何ができるというんだ?
まぶたに浮かんだのは、自分を慕ってココにきたはずの後輩。
次いで思い描いた彼の笑顔は、自分に向けられたものではなかった。
もうひとり浮かびあったその姿は、自分こそが慕って追いかけてきた人の姿。
尊敬している。
いつか越えたいと、願っている。
けれど。
彼まで手にいれることはないだろう―――?
ギリ、と噛み締めた唇は、微かに血の味がした。
全てを信頼し、預けたような後輩の笑みをもう一度思う。

その心の奥底の、どこまであの人に染まってる――!



本当は自分が育てたかった。
稀有な才能を持った、ダイヤの原石。
まだまだ荒削りなそれが、壊されてしまわないように、潰えてしまわないように、美しく、唯一の輝きを放つように磨き上げたかった。
自分以外の誰かに託すと、託さなければならないとわかった時、あの人ならと安心した。
憧れ、尊敬するあの人ならば、美しく磨き上げてくれるだろうと。
それは事実だ。
そして決して、間違いではなかった。
しかし。
その原石は、あの人という光でなければ輝くなってしまっていた。


この怒りが。
この身の内に巣食う激情が。
捕手としてのバッテリーを組むものとしての、野球に対する憤りだけに因るものだったら、一人で抱えたりしない、堪えていたりしない。
現に彼には少々手荒になってしまったが、野球に関しては伝えてある。
問題は。
自分の欲しがったものが、自分の思い通りに行かない。
そう思ってしまう、幼稚な、けれど純粋な欲求だ。
あの人の影さえなくなるまで、この腕の中に閉じこめておきたいという欲望だ。
あの存在自体を望む、抑えがたい劣情だ。
だからこそ強く、それゆえに苦しい。



あの人を求める声を零す唇を塞ぎ、快楽を教え込み、その同じ唇から自分を求める声を喘がせたい。
一度思えば歯止めなどかからず、もはやいつまで願望の形を保っていられるのかさえ怪しかった。

別の存在に染まったその心を真っ更な状態に戻すことは限りなく不可能に近い。
ならば、と立ち上がった御幸の目に、光はなかった。


全てを黒に、染めてしまえばいい。







END.



某所へお嫁に行ったものの御幸サイド。
これだけでも読めると思います。(そういう風に作ったつもりなので)
というかイっちゃってる御幸さんの狂愚のさま。
続きを書く気はないので、みんなそれぞれ想像してネ☆(黙れ

070111