私の通っている高校は、野球で有名な私立青道高校。
甲子園からは少し遠のいているけど、その知名度も人気も全国区で、勿論学校内でも大人気。
そして、私が好きな人も、野球部の1人だった。
同じクラスのその人は、1年生の頃から戦力として期待されていたの。
野球部のマネージャーをやってる親友のタカコから言わせれば、「入学前から期待されていたのよっ!」って言うんだけど。
あんまり野球に詳しくない私は、へぇー、としか言えなかった。
だって私が好きなったのは、「野球をやってる」彼を見たからじゃないもの。
もうすぐ昼休みになる授業の終わりは誰だって退屈で、隣の席の彼も窓の外を見ていた。
あの時も、私の好きな人、クリス君はそうやって窓の外を見ていたわ。
***
「ったく、どうしてギリギリにならないと渡してくれないのよ〜」
もうすぐ一年がたつ、去年の7月の初め。
その時、私は委員会の仕事、しかも締め切りはギリギリ、を押し付けられて不機嫌になっていた。
しかも両手いっぱいのプリントを抱えていたから、教室のドアを足で開けようとしたの。
制服だったけど、放課後だったしほとんど人はいないからいいやって。
「っんしょ、」
ドアに足をかけたところで、後ろから影が覆いかぶさった。
ビックリして振り向いたそこには、ちょうど後ろから通りがかったらしいクリス君がいて、ドアを開けてくれたの。
「ありがとう・・・。」
「・・・いや、当然のことだから。」
ついでだから、とか。
気にしないでいい、とか。
そんな言葉はよく聞くけど。
「当然」なんて言葉が返ってきたのは初めてだった。
物静かで、クールで。
一部の女の子達からは、冷たい人とか、暗い人、なんて陰口を言われてるのも聞いたことがあったけど。
優しい人なんだって思った。
当たり前のように、呼吸をするくらい自然に、人に優しくしてあげられる人なんだって。
そのことに気付けた私を、自分で褒めてあげたくなるくらい、それは密やかな優しさだった。
それから、席が隣っていうこともあって、私とクリス君は少しだけ仲良くなった。
授業の合間に話したり(ほとんど私が一方的に話してるけど)、野球について少し教えてもらったり。
中学生、ううん、小学生のように、拙い恋情を、いつしか私は彼に抱くようになっていた。
そして今年になって、多分1カ月くらい前から、突然彼の表情が穏やかに、優しいものになることが増えたの。
もしかしたら段々私に打ち解けてくれているのかと、少しだけ胸がドキドキするようになった。
***
「クリス先輩!」
思い出に浸っていたら授業は終わっていて、いつの間にか昼休みに入っていた。
教室中に響く声でクリス君を呼んだのは、ちょっと前に教室の前で正座していた子。
確か、野球部の1年生。
「喚くな。そんな大きな声で呼ばなくても聞こえる。・・・何の用だ。」
溜め息をつきながら、でもちゃんと話を聞いてあげようとするクリス君はやっぱり優しい人だと思う。
「昼飯、寮に戻りますよね?」
「・・・あぁ。」
「だから、一緒に行こうと思って。」
「先に行けばいいだろう。・・・それとも1人で行けないのか?」
あぁ、そっか。
その、1年生を見る優しい顔をみて、私は気付いてしまった。
最近のクリス君が、前より優しくなったのは、その表情が豊かになったのは。
全部その子のお陰なんだって。
その1年生の話をするときは少しだけ嫌そうな顔をして、それがいつもより子供っぽく見えて。
でも、声にこもる感情は誰に対するものよりも、何に対するものよりも暖かくて、優しくて。
気障な言い方をすれば、愛に満ちていたと言えばいいかもしれない。
その日のお昼御飯は、すこしだけほろ苦かった。
いつもより元気のない私をタカコが心配してくれたから、私は笑顔で答えたの。
「失恋をしたの。絶対に敵いっこないライバルがいたのよ。」
それは今まで1番、爽やかな失恋だった。
END.
クリス愛に浮かれるままに。その2
070111