いつか、あの大きな手が俺にくれたものを。
今、この手に。
「栄純先輩!」
呼ばれた声に振り向けば、一年前の自分。
この春、青道に入学してきた新入部員がいた。
「お前が先輩なんて呼ばれるようになるなんて、世も末だな。」
「うるせーよ、御幸キャプテンって呼ばれてるほうが怖いっての!」
人をからかうだけからかって1人で笑っている鬼キャプテン、(いや、どっちかって言うと悪魔か?)は放っておいて、新入部員に目を向ける。
「どーした?」
「・・・あの!栄純先輩の球を受けたいんです!」
一年後輩とはいえ、シニアで活躍していたというそのキャッチャーは、俺よりデカかった。
そのガタイのよさにまず目を引かれて、名前も一回聞いただけで覚えてしまった。
・・・滝川、優。
「・・・滝川、だっけ?」
奇しくもあの人と同じ苗字、同じ名前。
あの人はいつも別の名前で呼ばれていたから、みんな最初はピンと来なかった。
気付いたのはそう、俺と御幸ぐらいだっただろう。
「お願いします!俺に栄純先輩の球を受けさせてください!!」
一年前の俺も、こうやってあの人に頭を下げていた。
何もかもが既視感を煽る。
それは同時に、苦い思い出をも持ち出してくる。
「投げてやれよ。」
「キャプテン!!」
「御幸!!」
どうして、と詰め寄った俺の耳にだけ聞こえるように、御幸は囁いた。
「クリス先輩のことはコイツには関係ないだろう?」
「・・・そうだけど。」
「今度はお前の番なんだよ、栄純。」
「・・・俺の、番?」
「そうだ。クリス先輩がお前を育ててくれたように、今度はお前がコイツを一流のキャッチャーに育てんだよ。」
「ピッチャーが、キャッチャーを・・・?」
「キャッチャーだって、ピッチャーに育てられるんだよ。」
ホラ行け、と背中を押されて顔を上げれば、そこには期待に満ちた顔。
・・・クリス先輩、俺もこんな顔で先輩を見てたんですね。
「よーし!じゃあ軽くキャッチからな!?」
「はいっっ!!」
先輩が俺に教えてくれたいろんなことを、俺もまた後輩に教えて生きたいと思います。
先輩が俺に与えてくれた幸福を、次の代に贈れるように。
本当は、貴方がくれた幸福以上のものなんて、無いって知っているけど。
「いくぞ〜〜〜っ!!」
青い青い空に、俺の声が響いた。
END.
クリス愛にうかれるままに。その1
070111